前回に引き続き生き物たちの肖像です。

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「長旅の途上」
 京都市街から西、愛宕山の西側に水尾という山里があります。平地のほとんどない斜面に広がる小さな集落です。ここは柚子の里として有名ですが、最近は休耕地を利用してフジバカマの栽培も行っています。そのフジバカマを目当てにアサギマダラが飛来します。もちろん他の蝶も飛んできますが話題になるのはアサギマダラばかり。ご覧のように、比較的大型でその名の由来となった浅葱色(あさぎいろ)をした美麗な姿、そうした外形だけが注目される理由ではありません。その特異な生活史が人を惹きつけます。

 この蝶は非常な長距離を移動します。冬は九州南部や南西諸島、なかには台湾あたりで幼虫で越冬します。羽化した個体は暖かくなるに従い日本本土を北上します。その間に産卵、羽化と世代を交代します。北方の標高の高い場所で夏を過ごし、秋、寒くなると南へ移動していきます。
 こうした生活史は多くのボランティアが参加したマーキング調査によって明らかになってきました。羽に以前捕獲された場所日時などが書き込まれた個体も結構見受けられます。か弱く見える小さな蝶が海を越え数千キロも移動するとは驚きです。

 もう一つ、アサギマダラの特異な習性がフジバカマとの関係です。アサギマダラはフジバカマやヒヨドリバナといった特定の植物に強く惹きつけられます。さらに、そこに集まる多くは雄です。写真の個体も後羽の下部に黒い暗紋があり、雄の証拠です。アサギマダラの雄はフジバカマに特異的な成分を吸収して、その成分から雌を惹きつけるフェロモンを生成するのです。
 
 知れば知るほど不思議な習性が見えてきます。そしてまだ未知の不思議が詰まっているのでしょう。そして、こうした不思議な習性はアサギマダラに限らず、全ての生物が持っているのでしょう。我々はそのごくごく一部を知っているに過ぎません。地球上にどれだけの種類の生物がいるのかさえ明らかでないのです。

 なお、上の写真は京都市右京区のフォトコンテストで入賞を頂きました(リンク)。

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「ど根性彼岸花」
 フジバカマを後に、水尾の集落を歩き回っていたら、彼岸花が目に付きました。地面を見ればアスファルトを突き破って花をもたげています。生命力の強さを感じます。ヒガンバナは多年草で地下の球根から毎年花穂をもたげます。そしてその花は非常に目立ちますが不思議なことに種をつけません。これはどうしたことでしょうか? 

 彼岸花は中国原産で、日本には古くに人為的に移入されたものです。そしてこの移入された彼岸花が3倍体であったと考えられています。3倍体とは遺伝子のセット(ゲノムという)を3セット持っているということです。通常の生物は2倍体で2セットのゲノムを持っています。そして子孫を作るときに、雌雄が1セットずつ出し合い、2倍体の子供を作るのです。もし3つのゲノムを持つと、子孫をつくるときに(植物では花の中でメシベとオシベが作られ受粉、種子を形成する過程)、1セットのゲノムを引き出し、受粉させることが困難なために種子が作れないのです。簡単に言うと奇数セットでは割り切れないということです。1.5セットづつ出し合い3倍体を形成することも出来ません。
 一般に2倍体以外の生物を異数体といいます。動物では異数体は稀な現象ですが、植物では結構普通に見られます。4倍体、6倍体など偶数の異数体ならば割り切れ、種子を作れますが、3倍体のような奇数では種子をつくれず不稔となります。この性質を利用して種無しスイカなど、種無しの果物が作られます。
 では、最初の3倍体はどのように生じたのでしょうか? それは4倍体と2倍体個体の生殖により生じたと考えられます。すなわち、4倍体から2倍体の、2倍体から1倍体の配偶子が作られ、その合体により3倍体が生じたのです。原産地の中国には、2倍体や4倍体の種子をつくる彼岸花があるのでしょう。日本国内に移入された3倍体彼岸花は、球根により、人の手で生息場所を拡大していったのでしょう。球根は有毒ですが、毒を洗い流して救荒作物として利用されたといいますし、畦などに植えて補強やモグラ避けに利用されたといいます。

(2016年9月30日 京都水尾にて)



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「フジバカマの咲く神社」
 フジバカマは秋の七草の一つですが、近年は自生する姿もほとんど見られないようです。花としては地味なものですが、よい香りがします。そう、桜餅の葉と同じ匂いで、クマリンという成分です。平安時代から匂い袋などに使われたようです。

 近年、地域おこしの一環で、あちこちで栽培されています。上の写真は京都の街中、京都御苑の南にある下御霊神社のものです。この付近、寺町通り一帯でも「藤袴アベニューてらまち」と銘打って花の時期にフジバカマの鉢が多数置かれています。街中なので、地植えする土地もないのが残念なところです。
 京都では絶滅したと思われていたフジバカマですが、20年ほど前に西京区大原野付近で自生のフジバカマが見つかり、その株を増やして展示しているそうです。
 
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「都会のオアシス」
 こんな街中の鉢植えのフジバカマにもしっかりアサギマダラが飛来していました。その探査能力は驚くばかりです。
 つかの間の休息。明日は南に向かって旅立つのでしょうか。

(2016年9月30日 京都下御霊神社にて)
 


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「菊花」
 京都植物園の菊花展の展示。丹精こめて育てられた見事な菊が多数展示されていました。

 菊と言えば皇室の紋章にもなっている日本の秋を代表する植物ですが、万葉集には登場しません。奈良時代に中国から伝わって以来、日本独自に発展し、多様な品種、仕立て方が考案されてきました。鎌倉時代の後鳥羽上皇がことのほか好み、自身の印として愛用されたこときっかけで皇室の紋章として定着していったようです。
 キク科は植物の中でも最も進化した多様なグループです。例えば、アザミやタンポポ、ヒマワリ、ごぼうなどもキク科植物です。上で紹介したフジバカマもキク科です。その中で、栽培菊が属するキク属や、シオン属などの種は野菊と総称され、自生のもの、外来のものを問わず多数存在し、これらも楽しませてくれます。

(2016年11月4日 京都府立植物園にて)
 


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「紅葉に鹿」
 カエデの紅葉ではなく、高野川沿いの桜(ソメイヨシノ)の紅葉です。

(2016年11月7日 京都高野川馬橋にて)

 
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「紅葉に鴨」
 紅に染まる水面を鴨が一休み。

(2016年11月18日 京都府立植物園にて)



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「鴛鴦(おしどり)」
 宝ヶ池では冬になるとオシドリが目に付きます。年毎に数は違いますが今年は3-4匹と少ないようです。

 オシドリというとオシドリ夫婦という言葉があるように夫婦円満のシンボルとして扱われます。古代中国では婚姻の祝いにオシドリを送る習慣があったとか。一般に鳥類は一夫一妻、強い夫婦愛に満ちた種類が多くいますが、例外も多いようです。オシドリも実際には毎年パートナーを変えるようです。
 パソコンでオシドリと入力すると鴛鴦と難しい漢字に変換されます。この文字両方ともオシドリで、最初の鴛が雄、鴦が雌のオシドリをあらわすとのこと。上の写真で手前と奥の個体が雄、真ん中の地味な個体が雌です。知らない人が見れば別の種類と思われるほど異なっています。カモ類はこのように雄が派手で色彩鮮やか、雌は地味なものが多いのです。しかし、オシドリの雄の美しい姿も、繁殖期である冬の時期限定、非繁殖期には雌同様地味な姿に戻ってしまいます。

(2016年12月2日 京都宝ヶ池にて)



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「皇帝ダリア」
 皇帝ダリアが大輪の花を空高く咲き誇っていました。
 花など期待していなかった12月の寒空の植物園。華やかなその姿に元気を貰いました。

(2016年12月5日 京都府植物園にて)