春になると山に行きたくなります。未知の山に行くのは魅力的ですが、人は保守的な生き物です。そんなわけで例年決まりきった場所に行くことが多くなります。もちろんそれはそれで価値のあることです。

 世界中を飛び回っていろいろな世界を見聞することはその人の幅を広げるかもしれません。しかし見慣れた身近な世界にも、未知の普遍な真理がたくさん潜んでいるに違いありません。自然は絶えず変転します。今、このときの表情は二度と現れることがないでしょう。そう思って日常の世界を見直してみれば新たな発見があるかもしれません。人はどこに行こうとも自分の見たいものしか見ようとしないものです。如何にそれを打ち破るかが重要でしょう。

 などと屁理屈はこのくらいにして、例年この時期は八丁平へ向かうことが多いのです。昨年も記事にしていますし今秋にも訪れました。この3月25日には八丁平を含む北山の広範囲な地域が京都丹波国定公園に指定されました。有名な芦生の森と共に八丁平は第一種特別地域として国定公園の核心部に指定されています。公園指定により何が変わり何が変わらないのか、見極めることも重要でしょう。
 そんな八丁平の今をお届けしましょう。

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 八丁平へ向かう途中、八瀬付近の山の斜面。
 ここも毎年見惚れる風景です。山桜と様々な色の新緑が入り混じり、この時期ならではの素晴らしい色彩のパレットが出現します。

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 大見の廃校跡。
 大原から百井を経て大見に向かいます。ここは廃村寸前の集落です。昔は子供が桜の下で遊びまわっていたのでしょうか。今は廃校となり訪れる人もありません。校内に通じる石段を登ってみます。

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 校庭の片隅にはジャングルジムとその中に囚われた木。
 実生の木がここまで育ってきたのでしょう。使われなくなってからの年月が想像されます。12年前に撮った写真がこちら。じきにジャングルジムの枠が窮屈な大きさになりそうです。

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 校庭には学校らしく山桜の木が二本植わっています。昨年は4月21日でも少し早かったのですが、今年は16日でほぼ満開でした。子供の居なくなって久しい廃校の庭、桜だけは変わらず器量いっぱいに咲き誇っています。

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 校庭の片隅にはオートバイが朽ちていました。校舎の窓も壊れ完全な廃墟となっています。ここ大見やとなりの尾越にはこうした風景があちこちで見られます。人工物が人手を離れ朽ちていく風景は汚らしく不気味で残酷な印象ですが、どこか引き付けられるものがあります。自然と同化し人の痕跡が消えるまでどれほどの時間がかかるのでしょうか。最も近年ここ大見に、新住人(?)が新たなコミュニティーを作ろうとする試みもあるようです

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 尾越の先、二ノ谷管理舎でバイクを降り歩き始めます。お気に入りだったフジ谷峠経由の道が土砂崩れで跡形もなくなってしまったので、フノ坂経由で八丁湿原に向かいます。途中の杉の植林帯にはイワウチワの花が咲いていました。
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 ヒカゲノカズラに包まれてほころぶイワウチワ。

 八丁平にはいると自然林となります。下草は鹿に食べられてしまうのと時期も早いためあまり目立ちません。唯一目立っていたのがこちら。
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 ニリンソウに見えますが花が咲いていないので不確かです。
 ニリンソウは山菜として食べられますがよく似た葉っぱを茂らせるトリカブトという猛毒の植物があります。鹿もその辺はよくわきまえていて食害の激しい地域では鹿の食べない植物ばかりが生い茂ることになります。これもトリカブトの仲間かもしれません。
 ニリンソウはこの時期花を付けるので、名前の由来となる二輪の白い花が咲いているもののみを採取するのが安心です。トリカブト類は秋に紫の花を咲かせます。

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 湿原の周りの山々はご覧の有様。まだ冬枯れの麦わら色の世界。木々には常緑のヤドリギがこんもり丸く茂り目立ちます。しかし、遠くの山の斜面を見れば白い花が点々と咲いています。
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 北山の春を代表する花の一つ、タムシバ。
 タムシバはモクレン科の植物。庭木としても一般的なコブシとよく似ていますが、コブシは花の下に葉が一枚展開するので区別できます。ハクモクレンも同じ仲間ですが、こちらはコブシやタムシバに比べて花も大きくゴージャス、慣れれば簡単に区別できます。

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 湿原に目をやるとやはり白い花を付ける低木が生い茂っています。アセビです。漢字で書けば馬酔木。馬が食べると毒のせいで酔ったようにふらつくといわれます。これも鹿が食べない植物です。近づくと花を求めて昆虫が集まり羽音が賑やかでした。

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 湿原の中には小さな流れがいたるところに流れています。そうした流れに近づくと魚が素早く泳ぎ隠れるのが見えます。非常に警戒心の強い渓流魚です。気が付かれないよう、そぉーと近づき写真を撮ります。
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 わかるでしょうか? 黒い斑点を背中に散らした15cmほどの魚影が写っています。渓流の女王と呼ばれるアマゴです。非常に近縁なヤマメ(山女魚)という魚がいますが、朱色の斑点が体全体にちりばめられているのがアマゴ、無いのがヤマメと区別できます。共に川の最上流部に住み一生をそこで過ごすサケ科の魚です。これら2種は非常に近縁な魚ですが、生息域が厳密に分かれています。日本海に流入する河川はヤマメ、太平洋に流入する河川のうち静岡から北はヤマメ、静岡以西はアマゴとなっています。ここ八丁平の流れは安曇川にそそぎ、琵琶湖を経由して淀川から大阪湾に流れます。つまりアマゴが分布する川なのです。しかしながら近年はこうした本来の分布を無視した放流が行われているために、その分布もあやふやになりつつあるようです。ちなみに琵琶湖にはビワマスという50cm程に成長する立派なサケ科の魚がいますが、これはアマゴが琵琶湖という広い環境に適応して生まれた魚です。さらに川によってはアマゴが海に下り、海で成長して川に戻って産卵する、まさしくサケのような一生を送る魚も居ます。サツキマスと呼ばれるのがそれです。同じようにヤマメが海に下るようになったものがサクラマス。富山の鱒寿司の材料です。

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 湿原はミズゴケがみっしりと生えています。そうした場所には立ち入らないよう木道が整備されています。立派な木も多く生えていますが、ナラ枯れと、その伴う防御のため伐採された木も多く、葉が茂る前の今の時期は明るく開放的な雰囲気です。
 以前も触れましたが、湿原中央部には鹿除けの頑丈な柵が以前にもましてしっかり設置されていました。とにかく現状を変えないための措置は徹底的に行うという方針なのでしょう。自然、そして生態系は変化するものです(生態学の用語で遷移といいます)。湿原は乾燥化し草原となり森となるのは自然の摂理です。鹿の増えすぎは自然とはかけ離れているというのでしょうが、所詮は人の頭で考えることです。自然に振り回されて、こっちを立てればあっちが立たず。そういった矛盾に突き当たらなければいいのですが。

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 キンキマメザクラ(?)。奥の斜面の白い花はタムシバ。
 タムシバに比べて圧倒的に少ないですが桜も咲いています。花は非常に小さく見慣れた山桜や里桜とは明らかに別物です。分布などから見てキンキマメザクラと思われます。そんな桜の木の下も虫の羽音が賑やかでした。

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 湿原をぐるっと一周して江賀谷の林道をフジ谷峠に向かいます。山の斜面のタムシバもこれで見納め。帰路に着きます。

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 フジ坂峠手前の林道。フジ坂峠経由の道は湿原までの林道歩きがまた楽しいのです。車は通行止めで入ってきません。車も通らないためシッポゴケの仲間がふわふわの繊細な緑で道を覆っています。江賀谷沿いの山の斜面や渓流の美しさなど見所満載で飽きません。そんな楽しい道もフジ坂峠手前で植林帯に入り終わりです。
 
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 フジ坂峠に設置されていた熊捕獲のための檻。
 秋に訪れたときにはもっと小さな熊捕獲の檻が設置されていましたが、今回もっと大きな檻に置き換わっていました。人里からは隔絶した山奥、国定公園の保護されるべき第一種特別地域八丁平に隣接したこの地の熊を捕獲する目的は何なのでしょうか?そして捕獲されて熊はどうなるのでしょうか?

 ここからは本来の峠からの山道は崩壊しているので林道を二ノ谷に下ることになります。
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 杉の植林帯の切り株の上には苔が朔を延ばしていました。ここだけテーブルマウンテン上の別世界のようでした。


(2016年4月16日歩く)